「赤字だから仕方ない」 そんな“ローカル線廃止論者”に、私が1ミリも同意できないワケ

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(Merkmalより、ルポライター昼間たかしさんの一文です)

「赤字だから仕方ない」 そんな“ローカル線廃止論者”に、私が1ミリも同意できないワケ | Merkmal(メルクマール)

近年、赤字ローカル線の廃止論が加速するなか、効率性一辺倒の議論が地域社会の価値を見失わせている。特に久留里線の例では、1日60人の利用者と高い営業係数が廃止理由に。しかし、合理化の先に潜む「鉄の檻」の問題を考えると、公共交通が持つ社会的意義を再考する必要がある。merkmal-biz.jp

 若桜鉄道の事例は、ウェーバーが警告した「鉄の檻」からの解放の一例といえる。単なる効率性の追求に終始するのではなく、文化的価値や社会的つながり、さらには地域の未来を見据えた取り組みが実現された。

「使う人がいなくなったら終わり」という発想は、「鉄の檻」的な思考そのものだ。それに対し、

「使う人を増やすことで未来をつくる」

という視点は、豊かな公共的価値を創造する可能性を示している。若桜鉄道の取り組みは、その可能性を具体的に形にした成功例といえるだろう。

地域交通を再評価する視点

「鉄の檻」からの解放は、簡単な道のりではない。近代社会が進めてきた合理化は、私たちの思考に深く影響を与え、効率性が優先される構造を作り出してきた。しかし、この状況を打破する道は確実に存在する。

 

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