「赤字のローカル線は要らない」と言う人たちが見落としている「そもそもの議論」山下 祐介(東京都立大学教授・社会学者)

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7/4(木) 現代ビジネス

https://news.yahoo.co.jp/articles/86dca9740cd1ba28f95638c47739e887dd36b2c0

「再構築会議」の本当の狙い

日本の各地で赤字路線の廃止・存続を巡る議論が噴出している。 発端は、2022年7月に発表された〈国道交通省有識者会議・鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会〉の提言にあるようだ。 【写真】なぜ「新幹線のトビラ」はこんなに狭いのか…?その納得の理由 ここでは、JR各社の赤字ローカル路線について1キロあたりの1日平均乗客数(輸送密度)が「1000人未満」の場合、鉄道事業者と関係自治体の間の協議を促すよう示されていた。 折しも、2022年8月には記録的な大雨による災害が生じ、JR東日本の津軽線、五能線、花輪線等が被害に見舞われ、その連絡調整会議が各地で開かれた。その後、2023年10月に国土交通省は地域公共交通活性化再生法を改正し、上記提言をふまえた赤字路線を対象とする再構築協議会の設置が行えることとなっている。 こうした動きを受け、JR西日本では芸備線で議論が始まり、JR東日本では青森県津軽線、千葉県久留里線で同様の会議が設置されたという。これらの会議が目指すところは何か。 国土交通省有識者会議の提言を見ても、また芸備線の議論の報道を確認しても、これらの会議は本来、赤字ローカル線の廃止を目指したものではない。事実、提言には「廃線ありき、存続ありきという前提を置かずに協議」と明記されている。 だがまた他方で、すでに津軽線では2024年5月に関係自治体の協議がまとまり、廃線化とバス路線への代替が決まったという。 この先例を見れば、再構築会議の狙いの一つが、末端路線切りにあると言われるのも頷けるところだ。だがそれは本当だろうか。ここには何があるのだろうか。

「増田レポート」とおなじやり口

この流れの中で大変気になるのは、2022年7月からJR東日本が行っている赤字路線に関する情報の開示である。 敢えて本稿では掲示しないが、「ご利用の少ない線区の経営情報(2022年度分)の開示について」と題されたペーパーでは、平均通過人員が1日2000人未満の線区の数値とともに、その営業収支が細かく提示されている。 2022年の数値が現時点での最新版だが、そこでは35路線66区間がリスト化されている。筆者は〈女性は「地方にいろ」と言うのか…「消滅可能性都市」増田レポート最新版が押し付ける「少子化の責任」〉に、2024年4月に発表された消滅可能性都市(持続可能性都市)リストの問題について論じたが、まさにそこで行われていた手口と同じやり方をこのリストには感じる。 JR東日本がこうしたリストを公表した意図はわからない。JR東日本の立場も「廃線ありき」ではないと明言されているからだ。 しかし、名指しで業績の悪い路線を下から選んでこのように示せば、名指しされた方はたまったものではない。あたかも「あなたたちにどれだけお金がかかっているんだ」と言わんばかりの情報の提示の仕方に対し、青森県津軽線の関係自治体首長が耐えきれなくなったのも理解できる。 宮下宗一郎青森県知事は、こうしたことが「前例になるのは避けたい」と述べたという。筆者もまた、こうしたやり方は卑怯ではないかという疑念が拭えない。

末端のせいにはできない

というのも、そもそもインフラというものは、みんなで作ってみんなで使うものだからである。 その際、国家には中心があり、周辺があるのだから、過密の中心・都市部で収支が良く、路線の末端で収支が悪いのはむしろ当然である。中心と周辺というものはそういう関係なのである。 山手線など都市部で稼いだ利益を地方の赤字路線に充てる「内部補助構造」を問題視する人もいるようだが、鉄道ネットワークがそのように作られている以上、この構造はむしろ自然であり、必然である。 問題はそのバランスである。そしてバランスとは全体の関係なのだから、そのバランスが崩れていることを末端のせいにしてそれを切り捨てれば、バランスはさらに崩れ、ネットワーク全体を維持することさえ難しくなるのは必定だ。 大事なことはバランスを崩した原因を探り、それを取り除くことである。ではその原因とはいったいなんだろうか。

せっかく維持した路線なのに

そもそも鉄道に限らず、交通ネットワークの末端ではこれまで、乗客数の減少を理由に運行本数の減便が順に行われてきた。そのことにより、過疎地の路線では、朝出かけたはいいが、容易に戻ることができない状況になっている。 運行本数が一定程度少なくなれば利便性が急激に低くなり、さらなる利用者数の減少という悪循環が進行する。 それでも少ない本数で運行してきた背景には、不便であるにもかかわらずそれに乗らざるを得ない人々(要は自家用車に乗れない高齢者、とくに女性、そして子ども、高校生)がなお一定数いるからである。 そして、実は鉄道が切られると最も困るのは旅行者であり、こうした人々の存在を軽視して廃線化を進めることだけは絶対に避けなくてはならない。 ともかく、せっかくここまで維持した路線である。もっと有効活用を試みるべきだろう。そもそも利用者数の減少の原因は、当該地域の人口減少にあるとされる。もっとも、過疎化と過密化が相関的なものである限り、全体の人口は減っていないのだから、その路線で利用者は減ったとしても、全体のバランスはなお崩れているわけではない。それこそ過密地の収益で過疎地の減益を補えば、全体のバランスは保てる。 前回議論したように、私たちのバランスが本当に崩れているといえるのは「過疎」ではなく「過密」、すなわち大都市部への過剰過密化=東京一極集中が少子化の原因となり、全体の人口減少が必然的になりはじめていることにある。

ローカル鉄道は必要なインフラ

それゆえ、この問題を解くには東京一極集中の阻止こそが必要であり、そして、そうした集中化に対する分散・回帰を促すためにこそ、鉄道というインフラが有効に活用されなくてはならないということになるはずだ。 大都市部への過剰集中が進行する中で、人々を安心安全のもとに周辺へと送る鉄道の再生が、私たちの矛盾を解消するための着実な手段となる。 コロナ禍を契機に鉄道利用者が減少したことがきっかけで、今回のような廃線化の動きが顕在化しているようだが、他方でまたコロナ禍はテレワークと在宅勤務を実現し、2011年にはじまった地方移住をも本格化した。 こうした人口の分散・回帰の中では、ローカル鉄道はむしろ、これから必要となる、注目すべきインフラになる。にもかかわらず、その大事なインフラをただ末端から削ろうとする動きがあらわれている。なぜか。 つづく後編記事『ダマされるな!「末端路線をカットすれば日本経済は豊かになる」という「世論の大ウソ」』では、その背後にある世論の不気味な構造を暴いていくことにしたい。

山下 祐介(東京都立大学教授・社会学者)

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