ローカル線「赤字なら廃止」は“世界の非常識”…なぜオーストリアは「儲からない」鉄道を運行し続けられるのか?

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5/31(金) 11:26配信
JBpress
オーストリア第3の都市・リンツを走る路面電車。人口約21万人の都市だが、日中は2~3分おきに電車がやってくる(写真:筆者提供、以下同)

 赤字ローカル線に未来はないのか――?  人口減・東京一極集中がとどまらぬ中、全国の地方でローカル線の廃線危機が叫ばれている。経済合理性の名のもとに「廃線やむなし」の決断が下されるケースが、今後相次ぐこともありそうだ。一方で世界では、そもそもローカル線は「儲かるわけない」が“常識”なのだという。儲からないローカル線は、いったいどのように運行されているのか。赤字でも「廃止論」が巻き起こらないのはなぜか。路面電車やバスが充実したオーストリアの首都・ウィーンを拠点に研究を続ける柴山多佳児氏が、公共交通の“世界基準”をシリーズで解説する。(JBpress)

 (柴山多佳児:ウィーン工科大学交通研究所 上席研究員)

■ 5分歩けば駅がある

 筆者は交通計画、そのなかでも特に公共交通計画・政策を専門として、ヨーロッパ中部に位置するオーストリアの首都ウィーンの工科大学に勤務している。

 ウィーン工科大学は1815年創立の古い工科大学で、ウィーン工科大学と日本とのかかわりも古い。特に1980年代初頭に東京大学と学術交流協定を結んだことをきっかけに、日本の様々な大学との間で研究者や学生が往来している。
 日本からの留学生や来訪者の多くが一様に驚くのがウィーンの充実した公共交通機関である。

 ウィーンは人口約200万人の大都市で、地下鉄5路線と路面電車26系統があり、それを補うようにバス網が発達している。市内はどこも5分程度歩けば必ずどこかの駅か停留所にたどり着く。改札はなく、時々車内や駅の出口で抜き打ちの検札がある。

 路面電車は1990年代半ばから導入された超低床の「ウルフ」が主力で、歩道との段差はほとんどない。高床の旧型車もまだ少しばかり残るが、第二世代の超低床車「フレキシティ」が続々と投入されており置き換えが進む。

■ マックのポテト(M)の値段で全国乗り放題

 大都市ウィーンの充実ぶりで驚くのはまだ早い。オーストリアは全国の人口が約900万人で、ウィーン以外に人口100万人を数えるような大都市はない。第2、第3の都市ともなれば人口は20万~30万人ほどの中小の都市だ。

 それにもかかわらず、第2の都市グラーツ(人口約30万人、都市圏人口約50万人)や第3の都市リンツ(人口約21万人、都市圏人口は同じく約50万人)の目抜き通りに出れば、日中は2~3分おきに路面電車がやってくる。そこを行きかう歩行者も多い。

 スイスに近い最西端のフォアアールベルク州に至っては、最大の都市ドルンビルンでも人口は約5万人。それでも州の基幹となる鉄道は終日15分おきに電車が走り、終電は深夜0時頃とだいぶ遅い。週末になると終電後の深夜も1時間に1本、列車が翌朝の始発電車までの間に走るが、深夜特別料金の必要がないごく普通のサービスである。アルプスの山中では、村々を結ぶように1時間おきにバスが走る谷筋も多い。

 このようにオーストリアの公共交通は総じてサービスの水準が高い。ウィーンのような大都市だけでなく、日本であればクルマがないと暮らせなそうな規模感の都市でも、地方部でも、公共交通のサービス水準が高いのである。

 しかも2021年10月から導入された「クリマチケット」(環境チケット)は1年あたり1095ユーロで、登山鉄道や観光船など若干の例外はあるが、特急列車も含めた全国すべての公共交通が乗り放題である。1年365日で割れば一日あたりわずか3ユーロ(約500円、1ユーロ166円で換算)で、破格の料金設定だ。

 オーストリアで3ユーロといえば、マクドナルドのフライドポテト(M)の値段であるが、これと同額で全国乗り放題なのだから、破格ぶりがお分かりいただけるだろう。

 全国までは必要ない場合でも、年間365ユーロの「ウィーン市内」のような地域を限定した年間パスが利用でき、どれも1日あたりに換算すると1~2ユーロ程度(約170~330円)の設定である。

 ではオーストリアの公共交通は「儲かって」いるのだろうか?  答えは明快で「ノー」である。

■ 「公共交通は黒字であるべき」は日本式

 最も「稼いで」いるウィーンの市内交通ですら、運賃収入で賄う運営費用は、コロナ禍前でおおむね60~65%程度であった。先に述べた最西端のフォアアールベルク州ではわずか23%程度だ。本稿の後半や、連載中に詳述する通り、残りの運営費用は税金から賄われている。

 日本では1970年代から「赤字ローカル線」が大きな問題となってきたことは周知のとおりである。1980年代に廃止されたり第三セクター鉄道に転換されたりしたことで国鉄やJRの手から離れた路線も多い。

 また1990年代以降は整備新幹線の開業に伴って並行在来線が第三セクターに移管されたが、これも「営業主体であるJRにとって過重な負担となる場合があるため」(国土交通省)経営が分離されるもので、基本的に儲からないことが問題であるとの認識が背景にあるといってよい。

 路線の廃止は、1987年の国鉄分割民営化ののち1990年代はやや小康状態が続いていたが、特に2000年代に入って制度の変更があって以降、地方部を中心に廃止された路線は多い。近年ではコロナ禍もあって公共交通事業者の経営が厳しさを増しているのは周知のとおりである。

 要するに赤字が問題であり、公共交通は基本的に黒字でなければいけないというのが日本式の考え方だ。

 そんな「苦しい経営」の話はオーストリアではまず聞かないが、上述のように税金で運営費用の大半が賄われるのだから当然である。ではしかし、なぜ多額の税金を鉄道やバスの運営に投入することがオーストリアでは正当化されるのだろうか? 

 「公共」交通という名前が示す通り、オーストリアや欧州の国々では鉄道やバスは「公共の」乗り物であるとの考え方が一般的である。ちょうど、道路が公共のものであり、交通ルールを守る限り誰しもが自由に使えるのと同じように、鉄道やバスもきっぷを正しく買って乗る限り、誰しもが自由に使える。

 ただし道路は土木インフラであり、設置してあれば誰でも使えるが、公共交通は線路やバス停を用意するだけではだめで、列車やバスを走らせないことにはサービスとして機能しない。

 言い換えれば、道路と異なり、公共交通が「公共」サービスであるためには、予定された時刻表に従って列車やバスがきっちり走っていないといけない。「今日は始発駅で乗るお客さんがいないから運休しよう」などということは許されない。これは日本でも当たり前の感覚だろう。

 この「予定された時刻表通りにきっちり走らなければいけない」という公共交通特有の性格は、公共交通にかかる固定費用が大きいことを意味する。鉄道もバスも、車両やインフラの調達や維持管理、人件費といった固定費用が大きい。

 一方で、運賃が高すぎては、日常の移動に使い物にならない。運賃水準は一般に支払い可能な水準でなければ公共交通は機能しない。2~3kmの距離の初乗り運賃が1000円もしては電車やバスが日常では使い物にならないことを考えればわかるように、誰もが使うことのできる水準の運賃というのも非常に重要な条件だ。

 これが公共交通が機能するための2つ目の条件である。やたら値上げをして費用をカバーすればよいという類のものではない。

■ 「黒字を出せるわけがない」が “世界基準”

 日本には三大都市圏に代表される世界でも屈指の規模の巨大都市圏がいくつもある。東京に、横浜や千葉やさいたまなどを含めた人々が日常移動する都市圏域全体の人口を足し合わせると、東京都市圏には約3600万人が住まう。

 都市圏域の定義にもよるが、同様に経済開発協力機構(OECD)の定義に従えば、大阪を中心とする近畿圏では約1700万人、名古屋を中心とする中京圏で約850万人である。

 こうした人口稠密な巨大都市という特殊な条件下では、予定された時刻表通りに朝早くから夜遅くまできっちり走る公共交通も黒字が出せることが多い。巨大な人口という、いわば数のなせる業である。

 ところが、世界的に見ればこのように公共交通で黒字を出せる都市はかなり例外的である。人口100万~200万人といった、日本の政令指定都市くらいか、それより小さなところとなると、予定された時刻表通りに朝早くから夜遅くまで高いサービス水準できっちり走る公共交通で黒字など出せるわけがないというのが、世界的に見れば「常識」である。

 公共交通で黒字を出せる都市は、日本を含む東アジアと東南アジアを中心に、例外的に数えるほどしかない。その例外が三大都市圏だけみても国内に3つもあるから、つい「公共交通は基本的に黒字でなければいけない」という日本式の感覚を当たり前だと錯覚してしまうが、この状況はあくまで大都市圏の例外である。

 一般の都市や地方で、公共交通で黒字を出すことはかなり難しいか、不可能である。

 公共交通に税金を投入するには、透明性が求められる。欧州にはそれを実現するための公共サービス義務(英語のPublic Service Obligationの頭文字をとってPSO)という考え方と制度がある。

 PSOとは、大雑把に言えば、お客さんがいようがいまいが、定められた時刻表通りに公共サービスとして公共交通を走らせる義務のことであり、その義務をしっかり満たしていれば、税金を投入する透明性がこれで十分に担保されているという考え方である。

 一方でPSOでサービスを提供する鉄道会社やバス会社には補助金を受け取る権利があり、また定められた期間、独占的にサービスを提供する権利が与えられる。

 このように公共交通を税金を投入して走らせる理屈を、PSOとして行政と公共交通事業者の間の「義務」と「権利」の関係として法律で整理したのが欧州流で、欧州連合(EU)加盟国であるオーストリアにも当然適用される。

 また本稿では詳述しないが、契約を結ぶか条例を定めるなどの方法で、透明性の高い民主主義的な方法で義務と権利を明文化することが求められている。

■ なぜ欧州はできて日本ではできないのか? 

 PSOで必要となる「定められた時刻表」は行政が経済的・社会的な必要性を勘案して大枠を定める。つまり鉄道会社やバス会社が自社の商売のための「商品」としてダイヤを決めるのではなく、あくまで行政が、世の中の経済活動や社会活動がしっかり回るようにダイヤの大枠を決めるのである。

 子ども達が学校へ通学できるように、通勤先に公共交通で通えるように、また余暇活動のために人々が町に出てくることができるように、といったように、車がなくても暮らしやすい社会を作るには公共交通に一定程度のサービス水準が必要であり、これを行政が主導して決めるのである。

 さらに近年では、地球温暖化対策の目標として2050年までに二酸化炭素排出を実質ゼロにすることをEUも日本も国際公約としているが、その実現のためには自動車よりも二酸化炭素排出が格段に少ない公共交通利用へと行動変容を促す施策も必要である。

 無理のない行動変容を促すには自動車に近い利便性が公共交通でも必要だが、3時間に1本しか走らない列車ではダメであり、最低でも1時間おきとか30分おきとか、決まった一定間隔で列車やバスが走っていないことには、行動変容を促すことなど不可能である。

 行政がダイヤの枠組みを考える際には、経済・社会面だけではなく、環境政策の観点も盛り込むことが近年では推奨されている。

 PSOに関連する制度の枠組みはEU加盟国共通で規則1370/2007により定められているが、その第5の前文に興味深いことが書いてある。

 筆者なりに翻訳すると「こんにちでは、一般の経済活動に必要とされる陸上の旅客輸送サービスの多くは、商業ベースで運営することができない。 加盟国の行政当局は、それに必要なサービスが確実に提供されるように行動できなければならない(後略)」とある。

 前文とはその法律の背景を記す重要な部分であり、この規則は2007年に成立したものであるが、欧州は15年以上も前の立法の段階でこのように公共交通が黒字にならないことを認識し、行政が必要な手当てをすることを求めているのである。

 なお2007年の規則は1969年の規則を全面改正したものであり、同じ考え方は1960年代末にはEU(当時は前身となるEEC)ですでに表れている。

 このように「赤字ローカル線や赤字のバスは廃止するのが基本だが、仕方ないのでお情けで税金を投じて支える」という考え方が常識の日本と欧州との間には、公共交通に対する考え方や制度、それに財源にかなり大きな差がある。

 その一方で、本稿の冒頭で述べたように、オーストリアなど欧州諸国では高い水準の公共交通サービスが廉価に提供されていることは確かであるし、それを体感して「日本ではなぜ実現できないのか」と筆者に問うてくる日本人も多い。

 公共交通を取り巻く制度は複雑で、しかも技術的、制度的、財政的な面など様々な側面が関連する。本連載では、毎回それぞれ異なる側面から、オーストリア流、時には国境の枠を超えて欧州流の公共交通に対する考え方を紐解いていく。

 日本と欧州には文化的背景などの異なる点も多いが、歴史の長い街並みもあれば戦後の郊外開発による都市も抱えていて、歴史上の早い時期に工業化を達成した先進国として充実した鉄道網を整備してきたことなど、共通点も多い。

 単なる「黒字」「赤字」という収支だけの価値判断を超えて、公共交通機関が社会の中でどう活かされていくべきなのか、どのような役割を担うべきなのか。またそのためにはどんな財源を手当てし、どんな投資が必要なのか。

 そういった議論の道しるべとなることを期待したい。

 柴山 多佳児(しばやま・たける)
ウィーン工科大学交通研究所上席研究員。専門は交通工学・交通計画で、特に公共交通の政策・計画を専門とする。東京大学からウィーン工科大学へ留学し、その後オーストリア政府国費奨学生を経て2011年よりウィーン工科大学交通研究所研究員。2021年より現職。(一財)運輸総合研究所客員研究員(2022年~現在)、芝浦工業大学客員准教授(2023年~現在)、慶應義塾大学招聘准教授(2023~2024年)などを務めるほか、一般財団法人地域公共交通総合研究所のアドバイザリーボードメンバーを務める。

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